慶應・早稲田合同新春会 |
2012.3.23(金) 18:30〜 |
台北花園酒店 |
毎年、慶応・早稲田幹事交替で開催される合同新春会は、今年は慶応幹事でゲスト・スピーカーに慶應大学
池井優名誉教授をお招きし、3/23(金)に台北花園酒店にて盛大に行なわれ、慶応側60名、早稲田側56名、計116名の方々にお集まりいただきました。
最初に慶應台湾三田会の陳俊龍会長と早稲田台湾校友会の陳光敏会長からご挨拶いただき、その後、乾杯の音頭を高雄から駆けつけて下さった台湾三田会前会長の陳田柏先生にとって頂きました。
ゲスト講演では、池井ゼミOBの小菅さん(87政)によるご紹介後、池井名誉教授より「慶早校歌応援歌物語」の題名で慶早の応援歌にまつわる秘話を、ジョークを交えつつお話いただき、会場中が引き込まれていました。
余興では、台湾の太妃糖楽団がラップと中国古典音楽を融合させたライブ演奏で、会場を盛り上げてくれました。
そして最後の締めである応援歌若き血とエール交換は、八嶋泰造さん(91商)に指揮いただき、迫力のある内容となりました。また、総合司会は菅波剛さん(92政)にお願いし、軽妙なトークで司会進行いただきました。
慶早校歌応援歌ものがたり 慶應義塾大学名誉教授 池井優 |
T)校歌、応援歌を持つ幸せ―母校愛の醸成、一体感
U)「都の西北」の誕生(明治40年) 1)
早稲田大学創立25年と校歌の募集 2) 坪内逍遥、島村抱月の審査―当選作なし 3)
「早稲田文学」の記者相馬御風に依頼―名歌生まれる 4) 東儀鉄笛の作曲―「Old Yale」の模倣 5)
早稲田人の心のふるさと「都の西北」
V)「若き血」誕生秘話(昭和2年) 1)慶早戦復活と慶應の大敗―「野球に負けたが歌でも負けた」(大正14年) 1)
「都の西北」に対抗できる歌を―慶應予科塾生の願い 2) 堀内敬三に依頼―まず作曲、テンポを早く、2拍子、エンディングの工夫・・・ 3)
普通部3年増永丈夫(後の藤山一郎)の歌唱指導 4)
歌った、そして勝った!(昭和2年11月6日、7日)
W)「紺碧の空」で対抗(昭和6年) 1)「若き血」に匹敵する応援歌を 2)学生住治男の作詞―選者西条八十激賞 3)作曲は山田耕作か、中山晋平か? 4)早大応援部伊藤茂(伊藤久男の従兄弟)の推薦で福島商業出身の古関裕而に依頼 5)名応援歌生まれる―伊達の3連投と早大優勝
X)「我ぞ覇者」(昭和21年) 1)「紺碧の空」を打ち破る応援歌を 2)古関裕而の承諾と藤浦洸の作詞
Y)「丘の上」と「早稲田の栄光」―神宮に響く勝利の歌 |
当日の様子をご覧下さい
謝謝大家的協助。
〜ご参加頂いた皆さま、どうも有難うございました〜
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